REPORT
エールプロジェクト活動レポート

2017/5/22

今年初のエールキャラバン。帝京長岡高で柔道五輪三連覇の野村忠宏さんが講演&指導

 男子柔道60kg級で五輪3連覇した野村忠宏さんが22日、新潟・帝京長岡高を大塚製薬の「ポカリスエット エールキャラバン」で訪問。全校生徒に対して講演を行い、中学時代、女子選手に負けてから五輪で3度輝くまでの半生を熱弁した。講演後には柔道部で特別レッスンを行い、金メダリストの「心得」を注入した。
 柔道界のレジェンドが体育館の壇上に現れると、生徒たちは一斉に目を輝かせた。野村さんは「一つの道を歩み続けて学び、感じたことがある。生き方は違うけど、これからの人生の“気付き”を与えられたら」と、運動部が活発な同校で3歳から始まった柔道人生の秘話を次々と明かした。

「とにかくナメられたくなかった」

 中学から「チャンピオンを目指す」と本気になって名門・天理中の門を叩いたが、当時は140センチ、32キロ。学年でトップクラスの小ささだったという野村少年。体の小ささゆえに「ナメられたくない」という思いは人一倍だったが、初めて出場した市民大会の1回戦で女子に負けたという。「悔しさよりも恥ずかしくて……」。そんな弱小の柔道少年は天理高、天理大に進み、持ち前の反骨心と良き指導者との出会いに導かれ、着実に強くなった。
 そして、大学4年で初めて出場したアトランタ五輪。その決勝で、日本を揺るがす“事件”が起こった。
 直前に行われていた女子48級。「ヤワラちゃん」と呼ばれた田村亮子が敗北を喫した。国民的ヒロインの快挙を見届けようと、日本人が大半を占めていた2万人以上のファンがシーンと静まり返った。信じられないような静寂だったという。しかし、試合場の脇で目の当たりにした21歳の野村さんにはハートに火がついた。

「これで優勝したら、自分がヒーローになれる。その勢いがあったから優勝できた」
 初出場で獲得した金メダル。一度は言葉を失っていたファンを歓喜の渦に巻き込んだ。「言葉にできないくらいの喜び」と充実感が全身を包んだ。そこから成し遂げた伝説の五輪3連覇。最後には、可能性を秘めた高校生たちにこんなメッセージを送った。 「アスリートの方は夢や目標を持って頑張ろうと言うけど、それはものすごく難しい。夢や目標を持てるのは、やりたいことがはっきり見えているから。本気でやりたいものを持っている人はそれだけでものすごく幸せ。だから、あとは現実にできるように何をすべきなのか、考えてほしい。
 でも、まだ持てない人もいっぱいいると思うけど、みんなは若いから可能性は無限にある。ただ、時間は無限ではない。だから、本気になれるものを見つけるために、高校生のうちに限られた時間で勉強でも部活でも趣味でも、いろんな経験を積んで、これだというものに出会ってほしい」
 約1時間の講演を締めくくると、生徒から大きな拍手を浴びた。野村さんの魂の言葉は確かに心を打った。

「努力するのは当たり前」…現役柔道部員に伝えた言葉の真意とは

 その後、柔道着に着替えて柔道場に舞台を移し、柔道部員への指導を行った。ここでも、野村さんらしい言葉で柔道家の心得を授けた。部員に「全国大会に出たい人」と聞くと、全員が手を挙げた。その上で力説した。 「自分だけが全国に出たいわけじゃない。みんなが出たい。だから、頑張っているのは自分だけじゃない。努力するのは当たり前だし、努力することに満足しちゃダメ。そこからのプラスアルファの努力が必要になる。意味のある努力をできるようにしていこう」
 ワンランク上の選手になるための意識を訴えると、インターハイ予選まで2週間を切っている選手たちは真剣なまなざしでうなずいた。そして、代名詞でもあった背負い投げを部員相手に実演し、技術指導も実施。現役時代は握力が40キロ程度で、ベンチプレスも学生時代は60キロ程度、20代後半はマックス80キロ程度だったという非力な身体で、いかにして相手を投げ飛ばしてきたか、アドバイスを送った。

 最後には「試合には『特別な自分』はいない。試合になったら120%の力を出せるなんてことはない。自信を持つためには、自分がここまでやってきたと思えるように練習することが大事」などと質疑応答にも答えた野村さんは、充実した2時間の指導をこう振り返った。 「普段、頻繁に高校生たちと触れ合う機会はない。彼らを見ていると、自分が弱いなりに一生懸命やっていたことを思い出す。この時間で何か一つでも柔道選手としても、若者としても今後の人生にとってプラスに変わることがあったらうれしい」
 五輪3連覇した柔道界のレジェンドが、未知の可能性を秘めた現役高校生を指導する。野村さんが何よりも大事にしてきた「出会い」の実現によって、未来の五輪金メダリストがここから生まれるかもしれない。