REPORT
エールプロジェクト活動レポート

2017/7/18

元日本代表GK、24年前の“日本一の原点”の相手・徳島市立高で熱血指導

サッカー元日本代表GK川口能活が18日、徳島市立高を訪問した。前週にJ3の最年長出場記録を更新したSC相模原の41歳は、全校生徒を相手に講演を行い、さらにインターハイに出場するサッカー部に指導を実施。実は“不思議な縁”で結ばれていたというイレブンに「インターハイで優勝を」と日本一の夢を託した。
川口にとって、徳島市立高は特別な学校だった。意外な縁を講演の冒頭で明かした。
「24年前、実は対戦したことがあるんです」。清水商(現・清水桜が丘)3年だった当時、練習試合で対戦。その結果が「衝撃的なものだった」という。
1-7で大敗――。当時、屈辱的な惨敗。直後、監督に呼ばれ、こう言われた。「お前、こんな優しいキャプテンでいいのか?」。主将としての弱さを指摘され、意識は変化を遂げた。「チームに対して厳しく接するようになった。それがきっかけでチームが変わった」。それは、最高の形で結実する。全日本ユースと高校選手権の2冠を達成したのだ。
「徳島市立との対戦が変えてくれた。悔しさをバネにしたことで、全国優勝することができた」
母校の先輩たちが、後の日本代表GKを変えていた。いきなり披露された意外なエピソードに生徒たちは目を輝かせ、話に引き込まれた。
しかし、川口自身、高校時代は最初からプロの夢を抱いていたわけではなかったという。当時の第一目標は「スポーツ推薦を勝ち取って大学に進学すること」。将来は体育の先生になりたいという思いもあった。能活少年を変えたのは、日の丸を背負った経験だったという。

挑戦し続けたサッカー人生「トライする勇気を持って、トライすることを楽しんで」

高2でU-19日本代表に1つ下の年代ながら選出され、ワールドユース(現・U-20W杯)アジア予選に出場。世界を目指したハイレベルな真剣勝負で得たものがあった。
「結果的に本大会には出られなかった。だけど、アジア予選を戦っていく中で自信をつけた。その時に『さらに上のレベルを目指したい』『この経験を上のレベルで生かしたい』と思った。それなら、大学に行くよりプロの方がいいだろう、と」
当初、両親には反対を受けたという。しかし、一度芽生えた自信を花開かせたかった。最終的には家族を説得。こうして実現したプロ入り。横浜マリノス入団2年目にJリーグ新人王を獲得して以来、多くの夢を叶えてきた。
「マイアミの奇跡」と言われたアトランタ五輪、かつてGKでは異例だった海外リーグ挑戦、J2、3でプレーしながら41歳でもこだわる現役生活……。その裏側の出来事や思いをエピソード満載に明かし、生徒に熱い口調で語り続けた。
そして、様々な壁に挑み続けてきた川口能活というサッカー選手を象徴するような言葉で、最後に夢を持った高校生たちにエールを送った。
「まずは目の前のことを全力でチャレンジすることを忘れてほしくない。自分はチャレンジャーとして、いろんなことに向き合ってきた。大きな目標よりも先に目の前のことにチャレンジする。トライする勇気を持って、トライすることを楽しんでほしい」 そう締めくくると、体育館は大きな拍手に包まれた。

サッカー部に直接指導「インターハイに出場するのではなく、優勝を―」

“川口先生”の出番は、これで終わりではない。
講演後には場所をグラウンドに移し、サッカー部を対象に特別授業を行った。スーツ姿から練習着に着替えると、GK陣のキャッチング指導ほか、実戦形式の練習も実施した。

「キーパーはコーチングをしっかりしなきゃ」

「シュートを外させるのもゴールキーパーの雰囲気次第」

「日本の弱いところはファーストディフェンス。最初の守備を厳しく」

細かくアドバイスを送りながら、約90分間、熱のこもった指導を繰り返した。
徳島市立サッカー部は6月のインターハイ予選を勝ち抜き、今月末に行われる本戦に出場する。最後に選手一人一人と握手を交わした川口は、力強くエールを送った。

「インターハイに出場するのではなく、優勝をしてほしい。いい報告を待っているから」

かつて屈辱の大敗で日本一への出発点となった“因縁”の学校で、今度は川口が日本一の思いを託す。